柴犬こちゃの幕末・維新史跡探索ノート

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zoom RSS 東京世田谷・松陰神社歴史遠足

<<   作成日時 : 2011/05/03 18:30   >>

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東京って、ホントに大きいし、広いなあ。

史跡を訪ねながら、都内をあちこちを歩きまわっていると、東
京の大きさを実感します。

渋谷から東急世田谷線に乗って世田谷の松陰神社に行って
きました。

世田谷方面は昔、ボロ市とか代官屋敷とか豪徳寺へ行った
とき以来です。個人的には自分のテリトリーではないので、
気分は新鮮です。

松蔭神社駅から、松陰神社通り商店街をまっすぐ歩いて数
分、吉田松陰を祭る松陰神社がありました。

というふうに、松陰神社に至るルートは今は便利ですが、一
昔前は、風景もふくめちょっと違ったようです。

たとえば、大正8年の『遠足の栞(しおり)』(東京女子高等師
範学校附属高等女学校編)によると、

「渋谷より玉川電気鉄道に乗じ、三軒茶屋に下車し、徒歩十
五町にして松陰神社に至る。道路は雑木林及び園圃の間に
通じ雅趣に富む」

調べたところ、玉川電気鉄道(現在の東急世田谷線)の三軒
茶屋・世田谷間が開通するのは大正15年。

ですから、それ以前は、栞に書いてあるように、松陰神社へ
行くには三軒茶屋から1.6キロほどは歩いたようです。
でも、樹木あり、田圃ありののどかな風景がまわりに広がっ
ており、歩くにはちょうどよかったんでしょうね。

袴姿の女学生たちがにぎやかにおしゃべりしながら、松陰神
社をめざしたのでしょうか。

              *

松陰神社は明治15年、毛利元徳や門下生らによって創建さ
されたそうです。住所は、東京都世田谷区若林 4-35-1です。

さきほどの『遠足の栞』では、東京府武蔵国荏原(えばら)郡
世田谷村となっています。

鳥居は木戸孝允からの寄進、水盤と石灯篭一対は徳川家
からの奉納だとか。
画像














森のような感じです。
森閑とした雰囲気に落ち着きを感じます。
その一方で、境内では近所の子供たちが遊んでいました。

中にはいると、松下村塾≠ェあります。
萩まで行かなくてもと、萩の松陰神社に保存されているも
のを原寸大で模したものだそうです。

子供連れの夫婦がさかんに写真を撮っています。
画像














社殿に向かい左手に墓所がありました。

吉田松陰をはじめとして、頼三樹三郎、小林民部、来原良蔵、
福原乙之進、綿貫次郎輔、中谷正亮、其の他烈士の墓碑が
あります。
画像













吉田松陰の墓碑です。↓
画像













一方、都内には、吉田松陰の墓は小塚原回向院にもありま
す。↓(荒川区南千住5-33-13) 
こちらも先日訪れました。

小塚原回向院は、寛文7年(1667年)、重罪人の処刑場だっ
た小塚原で、その菩提を弔うために創建されたお寺です。

松陰の墓は正面一番奥です。↘
画像
















ただし、松陰の遺骸は、文久3年、ここから高杉晋作らによっ
て掘り起こされ、若林(のちの松陰神社)に改葬されたそうで、
小塚原回向院には埋まっていないとか。

              **

手持ちの資料によると、松陰の死から半世紀後の明治41年
10月、帝国教育会という教育団体が「吉田先生五十年記念
大会」というのを開いています。

そのとき、追悼演説した人たちがこれまた豪華です。

乃木希典(学習院長伯爵)、井上哲次郎(帝大教授)、徳富
蘇峰(国民新聞社長)、嘉納治五郎(東京高等師範学校長)
などなど。

われわれにとってすでに歴史上の人物になっている人たちが
並んでいます。ある意味、吉田松陰の偉大さを示しているとも
いえます。
また、その大会へは、松陰神社からは、曾孫の吉田庫三な
る人が出席し祝詞を述べています。

            ***

それから、さらに百年ほどの月日が流れました。
訪れる人も、そして神社に至る風景もすべて変わってしまい
ました。

けれども、松陰神社は、時の流れに迷わされている感じはし
ていませんでした。

むしろ、吉田松陰の偉大さを我々に伝える聖地としての位置
をしっかり確保している、そんな印象を訪れる者にあたえてい
ました。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
東京に松陰神社があるんですね。

とても落ち着いた場所にあるんですね。

無念で亡くなった松陰さんですが、今は安らかに眠っておられるといいなと思いました。

本当に惜しい人物がたくさん亡くなってしまった時代でしたね。
こんばんは♪
2011/05/03 18:55
こんにちは、こんばんは♪さん(笑)。
コメント、ありがとうございます。
松蔭神社の土地は、長州藩毛利家の、防火用の日除け地だったみたいです。長州ムードいっぱいの場所ですね。
いちゆう
2011/05/04 09:45

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