柴犬こちゃの幕末・維新史跡探索ノート

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zoom RSS 京都・六道珍皇寺探訪記

<<   作成日時 : 2011/09/28 21:15   >>

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優美なイメージをもつ京都。
その一方で、おどろおどろしい怨念≠感じさせる面もある
ようです。そして、それを抑えようとする鎮魂≠フ面。

なにせ1200年近くも都としての歴史があります。
いろいろなことがあったので当然でしょう。

暑い夏の日、六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)を訪れました。

場所は東山区大和大路四条下ル、です。
六道の辻≠ニ書いてあります。
この世に最後の別れを告げた場所をそう呼んだのだそうです。
画像















こじんまりとした寺です。本堂の前に石塔があります。
画像















訪れたときは六道まいり(盂蘭盆会)はすでに過ぎていましたが、
ポスターは残っていました。
画像
















             
                    *

六道珍皇寺の顔≠ニいえば、何といっても小野篁(おののたか
むら)。

小野篁(802-853)は、昼間は朝廷勤めの役人であり、和歌や漢
文の天才でもあります。

一族に小野妹子(遣隋使)がいます。また、小野道風(書家)は孫。
体格もよかったようです。

そんな篁さん、夜になると寺の井戸をつかって、あの世とこの世と
の間を行ったきり来たりしていたことで有名です。

篁さん、冥途でなにをしていたかというと、閻魔法王のアシスタント
(冥官)をしていたとか。
その辺のことが『今昔物語集』に書いてあります。
画像



















上の画像は閻魔法王像(伝:小野篁 作)。お〜こわ。
撮影は禁止ですから、ポスターからの拡大画像です。

というわけで、京都の異界を語るとき、小野篁は、陰陽師・阿倍晴
明とともに欠くことができないようです。

画像















井戸を近くで見ようと思いましたが、庭に入ることができませんの
で、遠くからの撮影です。

赤い灯篭の右横下 (↘) に見えるのが、その、篁さんが冥途通い
に使った井戸です。冥界へのエントランスです。
竹でフタをしてあるようです。
画像

















もう、ちょっと拡大してみます。    
ウィキペディアの画像よりはっきり撮れています?     (↓)
画像


















                *

六道珍皇寺も小野篁も、幕末の史実とのつながりはとくにないよ
うです。ただ、ネットで検察してみると、、

時代は幕末の京都。
かつて陰陽師に封印された古の大妖が目覚めたため、冥府から
派遣された小野篁が、沖田総司とともに新選組を妖の手から守
るため、活動を開始する。

なんていう小説がありました。
たしかに新撰組とからませるとおもしろいかもしれません。

                *

ところで、彼の歌が、百人一首に選ばれているそうです。
ホント? と思いながら手持ちの文庫本をめくると、

 わたの原 八十島(やそしま)かけて 漕ぎ出でぬと
 人には告げよ あまの釣り船 

隠岐への流刑に処されるときの歌のようです。
  
意味は、
漁師の釣り船よ、都にいるあの人に伝えておくれ。私は大海原の
多くの島を目指して、船を漕ぎ出していったよと
『こんなに面白かった 百人一首』(PHP文庫)

同書によると、篁さん、遣唐使に選ばれたというエリート。
しかながら、渡航チームのリーダーとのトラブルから、乗船を拒否。
かなり骨のある人のだったようです。

そうでもなければ、閻魔法王のしたでの仕事などできなかったでし
ょう。たしかに。

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コメント(2件)

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いちゆうさん、こんばんは♪

なんだか怖いお話ですが、そういう能力のある方っていつの時代にもおられるのではないかと私は思っております。

小野篁はやはり、隠岐に流された方だったのですね。
私の田舎が隠岐でして、以前に白島海岸に行った時、案内板に書いてあったのを思い出しました。

ご紹介の和歌は、隠岐の白島海岸の美しさを見て作られた歌だとありました。確かに美しい場所なんですよ。^^
みーおでん
2011/09/30 23:19
こんばんは、みーおでんさん。
ありがとうございます。
そうそう、ご親戚が隠岐でしたよね。
いいですね、歴史的にもいろいろあっ
てぜひ訪れてみたいと思っている場所です。
あの歌の場所に行ったことがあるなんて、
うらやましいです。
いちゆう
2011/10/01 23:18

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