柴犬こちゃの幕末・維新史跡探索ノート

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zoom RSS 保存版_靖国神社オール幕末維新史跡散策

<<   作成日時 : 2011/11/07 21:35   >>

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東京・千代田区九段にある靖国神社へやってきました。
ひさしぶりです。

靖国神社には記念碑、展示物、建物など、たくさんありますが、
今日は幕末・維新関係のものだけをピックアップして訪ねてみ
ました。
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まずは@高燈籠です。
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戊辰戦争で亡くなった人たちを慰霊するために、明治4年に建て
られたそうです。
靖国神社の外の、田安門交差点の脇にあります。歩道橋のうえ
からの撮影です。

灯台に似ているなとおもったら、当時、品川沖を行き交う船の灯
台の役割もしていたとのことです。

高燈籠を見てから境内へはいっていきます。
かなり多くの人がやってきています。
観光バスもたくさんとまっています。まずは高さ25メートルの第
一鳥居をくぐります。
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A大石灯籠です。
はいってすぐ右側、この灯篭は西南戦争で亡くなった人たちを慰
霊するために建てられたそうです。
そのつもりがないと気づかない史跡です。
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B常陸丸殉難記念碑です。
大石灯籠のとなり、この記念碑は日露戦争で亡くなった常陸丸の
乗組員を慰霊するためのものです。揮毫(きごう)は、薩摩藩出身、
東郷平八郎です。
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C大村益次郎の像です。
日本陸軍を作り、靖国神社の創建に尽力したとか。
靖国神社の顔≠ナす。でもでも、高くて顔がよく見えないです。
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D参道の石灯篭
62基中60基が西南戦争の政府軍戦没者のために奉納されたも
のだそうです。
参道の右側一帯では骨董市がひらかれていました。
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E能楽堂
第二鳥居をぐぐって右側、岩倉具視の呼びかけで作られたもの
です。明治36年に芝公園から移築されました。
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F金灯篭
この灯篭は、石のものとはちがって、モダンな感じがします。
西南戦争で亡くなった警視隊を慰霊するためのものです。
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G薩摩藩の天保山砲台の加農砲
ドカーン。遊就館の前にあります。薩摩藩が鋳造した大砲です。
大砲がある神社はやはり珍しいのでしょうか。
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H品川のお台場の加農砲
こちらはお台場にあった幕府の大砲です。
静岡県の韮山の反射炉で鋳造されました。
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Iディアナ号の大砲
1854年、安政の大地震に遭遇、駿河湾で沈没したロシアの軍
艦の大砲です。錆びています。
この軍艦の探索を、この前、TBS系の『飛び出せ! 科学くん』で
やっていました。
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J練兵館道場跡
神道無念流の練兵館跡です。
長州藩の桂小五郎が師範代をつとめています。
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拝殿前で拝みます。
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拝んだあと、拝殿の前で左に折れます。
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最後の元宮と鎮霊社は、むこうの薄暗い木立の中にあるようです。
これから先は参拝者がほとんどこないようです。

K元宮
う〜む、ホント、ここにくると誰もいません。樹木がうっそうとしてい
ます。森閑としています。ところで、元宮とは?
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元宮とは、靖国神社の公式HPによると、
「明治維新のさきがけとなって斃れた志士の霊を祀るため同士
によって京都に建てられたもので、70年後の昭和6年(1931)に
靖国神社に奉納され、この場所に移されました。
国を守るために尊い生命を捧げられた方々の御霊を祀る靖国神
社の前身となったことから、「元宮」と呼ばれています。」

なるほど、靖国神社の原点≠フようです。

また目の前の解説板には、
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「文久二年、福羽美静(ふくば びせい)が中心となり、初め徳川斉
昭卿等維新の志士四十六人の霊を慰める為、京都の邸内にひ
そかに祠宇を建てて祀った。
奠都(てんと)に伴ひ東京に移されたが、招魂社のさきがけとも言
ふべき由緒に鑑み、昭和六年福羽家より神社に奉納され、元宮と
稱(しょう)し今日に至る。」

とあります。

福羽美静って?

幕末・明治期の国学者。津和野藩士、福場美質の長男。
江戸に出て平田鉄胤(かねたね)に師事、幕命により情報収集に
奔走。八月一八日の政変後は七卿とともに西下し、七卿のために
尽力した。
維新後は、神祇事務局官権判事、神祇大副などを歴任、神道政策
を主導した。(『日本歴史大事典 3』(小学館))

そして、志士四十六人って?

ネットで調べると坂下門事件や桜田門事件などの関係者のよう
です。(ところで、あの古写真、フルベッキ写真も志士四十六人。)

Lそして、最後は鎮霊社です。
元宮の左どなりにあります。
画像















ペリーの来航以降の、戦争や事変で亡くなり、靖国神社に合祀さ
れない国内、及び諸外国の人々を慰霊するために建てられた、と
いうことです。

以上、しめて13アイテムです。
みょうにリアリティーがあり、そしてはやり、独特かつ微妙な雰囲気
がある靖国神社でした。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
靖国神社は最近フリマなどイベントが多く,私もちょいちょい徘徊するんですが,歴史的役割を思うと「戦争」を意識しない建物は何一つないですね。九段下からすぐ現れる「灯台」にそんな意味があるなんて知りませんでした。
まりりんまんしょん
2011/11/09 08:06
こんばんは。
コメント、ありがとうございます。
九段下から東京湾が見えたようですね。
知っている史跡も調べていくとあれや
これあって、興味がつきない今日この
頃です。
いちゆう
2011/11/09 22:33
こんばんは♪

靖国神社は去年行ったのですが、ゆっくり見れまsんでしたので、いちゆうさんの記事で色々知ることが出来ました。

たくさんの日本の為を思われた方々が祀られているのですね。

大村さんの像は高くてお顔が見にくいですよね。
みーおでん
2011/11/13 21:28
みーおでんさん、こんばんは。
メッセージ、ありがとうございます。
私も何回か行っているのですが、あまり幕末関係のものを意識していなかったので、これでスッキリしました。
そうそう、大村益次郎の像は高すぎますよね。
いちゆう
2011/11/13 22:42
こんにちは。
私も何度か靖国神社訪れたことがあります。
大村益次郎像は本当に高い位置にあるんですよね。

私も靖国神社は独特な雰囲気があると感じました。
特に本宮や鎮守社があるあたりは、木々が生い茂っているせいなのか、境内の中の他の場所と違う独特の雰囲気があったことを思い出しました。
Rinko
2011/11/14 13:02
Rinkoさん、こんばんは。
メッセージ、ありがとうございます。
他の神社を回っているとよくわかりますが、
靖国神社は特殊ですよね。ここ150〜160年
ぐらいの間に亡くなれた人たちを慰霊する
神社のせいもあるんでしょうね。
いちゆう
2011/11/14 21:21
こんばんは。

10年前に靖国神社に行きましたが、時間がなくあまり見れませんでした。いちゆうさんの記事で、いろんなところを詳しい解説付きで知ることができて、楽しく読ませていただきました。
史跡や石碑って、いろんな思いが込められていて、知れば知るほど興味がわきますよね!
とも
2012/05/01 22:24
ともさん、メッセージ、ありがとうございます。
たしかに史跡や石碑には、いろんな背景がありますよね。調べれば調べるほど興味がつきません。また遊びにきてくださいね。ではでは。
こんばんは。
2012/05/02 23:06

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