柴犬こちゃの幕末・維新史跡探索ノート

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zoom RSS 幕末維新 京都鴨川裏早朝史跡散歩

<<   作成日時 : 2011/12/22 20:58   >>

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以前、京都・高瀬川に沿って幕末史跡をめぐる散歩をしました。

今回はそのまま御池通りをわたり、さらに北上しました。
ちょうど鴨川の西側裏を歩くことになります。
晩秋の朝。
空気が澄んでいて気持ちがいいです。

まずは
@桂小五郎(木戸孝允)像にごあいさつ。(中京区河原町通御池
上ル)
ホテルオークラの前に等身大の像があります。
ちなみにホテルオークラの朝の和食はとてもおいしいです。

それはともかく、振り返ってみれば、この散策では、あとに木戸
孝允の史跡≠フオンパレードがまちかまえています。

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ホテルオークラの近くにあるアイリッシュパブ「ダブリン」です。↓
(中京区御池通河原町東入ルミレニアム御池ビル)
ギネスビールがおいしいです。
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昨夜、この前を通ったら、外国人がわいわい飲んでいたのが見え
ました。

そのまま高瀬川へ。

おお、高瀬川沿いに低層のマンションができるようです。
でも、セカンドハウスなんて夢のまた夢だなあ。
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などと思いながら歩いていくと、

A象山先生遭難之碑があります。
(中京区木屋町通御池上ル西側)
元治元年(1864)、開国論・公武合体を唱えていた佐久間象山は、
帰宅の途中、刺客に襲われます。
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Bそして、ほぼ同じ場所に大村益次郎卿遭難之碑があります。
(中京区木屋町通御池上ル西側)
廃刀令をとなえていた大村益次郎は、明治2年9月、宿泊先の旅
館で不満をもつ士族に襲われ、のち死亡。
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Cこちらは、京料理「さつき」前の兵部大輔従三位大村益次郎公
の遺跡
です。(中京区木屋町通二条下ル)
かつてここに大村益次郎の定宿がありました。
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Dつぎは、桂小五郎・幾松寓居(料理旅館幾松)です。
桂小五郎(木戸孝允)が芸妓・幾松とすごした屋敷の跡です。
(中京区木屋町通御池上ル東側)
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同じ幾松のレストラン「維新庵」↓です。
(中京区木屋町御池上ル 西館)

こちらのほうが、幾松より入りやすいようです。
東京には維新≠ネどという大時代的な言葉を使った建物や店
などはないように思います。
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E高瀬川一之船入(いちのふないり)です。
(中京区木屋町通二条下ル西側一之船入町)
高瀬川は慶長16年(1611)頃角倉了以が開いた運河。

船入とは、荷物のあげおろしをする船溜所(ふなどまりしょ)、とか。
この付近、川の流れの音とともに、なかなか風情があります。
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これ以降は高瀬川からはなれます。

F島津製作所 創業記念資料館(中京区木屋町二条南)
たまたま遭遇しました。
開館前なのでそとからの見学です。おもむきのある建物です。
島津製作所は明治8年(1875年)創業、ふるいなあ。
ノーベル賞受賞者の田中耕一さんがいる会社です。
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G第二無鄰(むりん)庵(中京区木屋町通二条下ル東側)
山県有朋の別荘跡です。
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「無鄰菴」は三つあります。
第一は下関市吉田にあったもの。
第二はここ。
第三は同じ京都の南禅寺付近のもの。(以前NHKハイビジョン
「京都 天下無双の別荘群」でやっていました。)

第二は、今「がんこ高瀬川二条苑」という料亭になっています。
無鄰≠ニは隣り合うあうものはない≠ニか。

H木戸孝允邸(お宿いしちょう)です。
(中京区土手町竹屋町上末丸)
このあたりに木戸邸があったようです。
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I木戸孝允邸(石長本館松菊園)
(中京区土手町竹屋町上末丸)
こちらにも石碑があります。
「お宿いしちょう」と「石長松菊園」は、おなじグループのようです。
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松菊とは、木戸孝允が一時名乗った名前とか。
う〜む、こんなところにも木戸孝允は生きています。

J明治天皇行幸所木戸邸
(中京区土手町通竹屋町上る東入ル(京都市職員会館かもがわ
前))
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明治10(1877年)5月,危篤に陥った木戸孝允を、京都滞在中の
明治天皇が見舞いに訪れたのがここ。

木造二階建て家屋が残っています。
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K最後に、丸太町橋西詰に「女紅場(にょこうば)址」がありました。

女紅場とは、明治初期に設置された女子教育機関とか。
読み書き、裁縫、そろばん、手芸を教えたようです。
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丸太町橋からの鴨川のながめです。
画像













川の向こうに見えるマンションの裏あたりをずっと歩いてきたこと
になります。
早朝散歩をかねた史跡めぐりとして、コンパクトにまとまっており、
おススメです。

それにしても、あれらマンションから望む鴨川の眺めは、最高な
んでしょうね。

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幕末京都・高瀬川周辺史跡紀行
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2012/04/23 21:41

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