柴犬こちゃの幕末・維新史跡探索ノート

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zoom RSS 京都・安祥院 梅田雲浜・大高忠兵衛の墓訪問記

<<   作成日時 : 2012/01/28 22:03   >>

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清水寺を出たあと、安祥院というお寺に行きました。

安祥院に、梅田雲浜と大高忠兵衛の墓があります。

ここで、二人の人となりを、さらっとおさらいしますと、

★梅田雲浜
小浜藩士。
京都を中心に、崎門(きもん)学者、尊攘派志士として活動。
安政5年(1858)、安政の大獄が起こるや、志士中、第一に捕
縛され、翌年9月、江戸で幽囚のまま病死した。(『日本歴史
大辞典』より)

★大高忠兵衛
幕末の尊攘運動家。
弘化5年(1848)、梅田雲浜の招きで京都にて甲冑商をひらき、
諸藩の尊攘派の連絡役をつとめる。長州藩への武器サプライ
ヤーでもあったのでしょうか。
元治元年6月(1864)の池田屋事件で新選組に捕らえられ、獄
死。

この大高忠兵衛、そういえば司馬遼太郎の『新選組血風録』
の「池田屋異聞」に出てきますね。

                *

清水寺から坂をくだり、明保野亭手前でさらに左にくだってい
きます。五条坂です。
交通量が多く、左片側のみの歩道も1列でしか歩けません。

安祥院にようやく着きました。
(東山区五条通東大路東入遊行前町560)
画像
















本堂です。
五条坂の喧騒も消えとても静かです。
画像
















本堂の裏に梅田雲浜の墓がありました。
手をあわせます。
画像

















その背後、右に贈従五位大高忠兵衛≠フ墓(↓)が見えま
す。白っぽい墓です。
画像



















尊攘運動に身をささげた二人がなかよく同じ墓地にいます。

                  *

ここは、前の五条坂が交通量が多いので、くるのがちょっと大
変ですね。タクシーの運転手さん曰く、桜と紅葉の季節はもっ
とすごい、とのこと。
画像















このあと、京都国際マンガミュージアム(中京区烏丸通御池
上ル)に向かいました。

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