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清水寺を出たあと、安祥院というお寺に行きました。 安祥院に、梅田雲浜と大高忠兵衛の墓があります。 ここで、二人の人となりを、さらっとおさらいしますと、 ★梅田雲浜 小浜藩士。 京都を中心に、崎門(きもん)学者、尊攘派志士として活動。 安政5年(1858)、安政の大獄が起こるや、志士中、第一に捕 縛され、翌年9月、江戸で幽囚のまま病死した。(『日本歴史 大辞典』より) ★大高忠兵衛 幕末の尊攘運動家。 弘化5年(1848)、梅田雲浜の招きで京都にて甲冑商をひらき、 諸藩の尊攘派の連絡役をつとめる。長州藩への武器サプライ ヤーでもあったのでしょうか。 元治元年6月(1864)の池田屋事件で新選組に捕らえられ、獄 死。 この大高忠兵衛、そういえば司馬遼太郎の『新選組血風録』 の「池田屋異聞」に出てきますね。 * 清水寺から坂をくだり、明保野亭手前でさらに左にくだってい きます。五条坂です。 交通量が多く、左片側のみの歩道も1列でしか歩けません。 安祥院にようやく着きました。 (東山区五条通東大路東入遊行前町560) ![]() 本堂です。 五条坂の喧騒も消えとても静かです。 ![]() 本堂の裏に梅田雲浜の墓がありました。 手をあわせます。 ![]() その背後、右に贈従五位大高忠兵衛≠フ墓(↓)が見えま す。白っぽい墓です。 ![]() 尊攘運動に身をささげた二人がなかよく同じ墓地にいます。 * ここは、前の五条坂が交通量が多いので、くるのがちょっと大 変ですね。タクシーの運転手さん曰く、桜と紅葉の季節はもっ とすごい、とのこと。 ![]() このあと、京都国際マンガミュージアム(中京区烏丸通御池 上ル)に向かいました。 にほんブログ村←ランキングに参加しています。応援ありがとうございます。 また、関連のブログはこちらへどうぞ。 |
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