柴犬こちゃの幕末・維新史跡探索ノート

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zoom RSS 雲井竜雄事件の帰順部曲点検所跡へ

<<   作成日時 : 2012/02/11 22:07   >>

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明治になってから徳川政権の復活をもくろんだ、雲井竜雄。

遅れてきた尊王の志士≠ニでもいうのでしょうか。

そんな雲井竜雄の帰順部曲点検所(きじゅんぶきょくてんけん
じょ)があった、円真寺へ行ってきました。

雲井竜(龍)雄とは、
あちこちの資料を利用すると、

米沢藩士。
江戸で儒者の安井息軒に師事、詩人としても知られる。

薩摩の横暴を批判し、旧幕府軍の正当性をつづった「討薩之
檄」をしたため、奥羽越列藩同盟を応援した。
維新後は有志らを新政府軍兵士として採用させる活動を展開。

明治3年、「帰順部曲点検所」を組織し、奥羽諸藩士を集め、
広沢真臣らに資金援助を求める。

しかし、これがかえって新政府に「不満をもつ人々を集めて密
議を行った」とされ、同年4月、内乱罪でつかまり、27才で斬
首となる。

「帰順部曲点検所」という、その長たらしい名前は、
表向きは、新政府に不満をいだく危険分子を説得し帰順させ
るための施設、という意味らしいです。


          *

JR品川駅を高輪側におります。

そして、第一京浜を田町方面にあるいていきます。
さらに、高輪2丁目の交差点で左に折れ、桂坂をのぼってい
きます。

つぎに高輪警察暑の前の交差点で、右にまがり二本榎通り
(↓)をあるいてゆきます。
画像














お、ありました。
円真寺です。(港区高輪1-23-3)
画像

















入り口右に「六百遠忌報恩」の碑がありました。(↗)
日蓮聖人の六百遠忌報恩のために造立されたモニュメントで
です。
遠忌とは、遠く歳月を経過した後に行われる忌日法要のこと
だそうです。

円真寺の境内は二本榎通りより低い位置にあります。
手前が二本榎通りです。
画像
















小さな寺です。

雲井竜雄と彼の同志たちは、円真寺と上行寺(じょうぎょうじ。 
神奈川県に移転)に帰順部曲点検所の看板を掲げたといい
ます。
画像














境内は、高層マンションを背景に、どこか時代から取り残さ
れたようなうら寂しいムードぷんぷんです。

南千住の回向院(荒川区南千住5-33-13)に彼のお墓があ
ります。小さなお墓です。
画像

















              *

雲井竜雄のことを身近に知るには、なんといってもこの小説
かもしれません。
画像















藤沢周平は、彼の郷里の人≠ニして、この悲劇の志士の
ことを書いたようです。

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