柴犬こちゃの幕末・維新史跡探索ノート

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zoom RSS 村岡局史跡散策_京都北嵯峨 直指庵

<<   作成日時 : 2012/05/19 22:35   >>

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村岡局こと津ア矩子(のりこ)。

幕末のころ、尊王攘夷派の志士たちと公卿とのあっせん役を
務めた女性です。

そんな彼女を訪ねる旅も終盤となりました。

大覚寺の大沢の池のほとりにある顕彰碑を訪ねたあと、北嵯
峨にある直指庵(じきしあん)へ行きました。

直指庵は、大覚寺の西側の道を北へ約1キロ、10分ほど。
山の中にありました。(右京区北嵯峨北ノ段町3)
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直指庵は村岡局が再興、隠棲した場所です。
静かな、心が落ちつく庵寺です。
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周囲は孟宗竹で囲まれています。

わらぶき屋根の山門をくぐっていきます。
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本堂(庵)です。
この本堂は、賊に焼かれたのち、明治32年に村岡局の姪が
再建したものだそうです。
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村岡局のお墓は、この中門の先にあるようです。
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ありました。
石の柵で囲まれています。
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説明版のタイトルは勤王の女傑≠ニなっています。
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明治6年(1873)、八十八歳で生涯を閉じたとのことです。
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亡くなる前年、太政官より彼女にたいし、

「近衛家、勤仕中、深く國事を憂ひ、戊午巳末の際、諸有志
の徒に心を合わせ、周旋到候處、遂に嫌疑を受け、一旦、
幽囚に就き候得共、始終志操を變せざる段、奇特之事に候、
依之爲其賞、終身現米貳十石下賜候事」
(『逸話文庫』第5冊 婦女の巻 通俗教育研究会 大倉書
店 明治44年)

ということで、終身二十石の下賜があったようです。

                 *

そして、直指庵といえば、それを有名にしているのは、本堂
内に置かれている「思い出草ノート」のようです。

来訪者が、苦しみ、悩みをふくめその思いをつづるノートだ
そうです。5000冊以上もあるとか。(パンフを撮影↓)
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また、直指庵と「思い出草ノート」を題材にした書き物といえ
ば、なんといっても西村京太郎のこのミステリーでしょうか。
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連続的に発生した心中事件を、他殺との確信を持って、十津
川警部が直指庵にやってきます。
そして、書かれたノートのなかに事件の解決につながる内容
を見つけます。ベストセラーです。

新幹線の中でいっきに読みました。とてもおもしろいです。
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直指庵。
地味ながらも、再興した村岡局の想いが今につながっている
ようで、なかなか印象深い場所でした。ぜひ。

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2012/05/19 22:45

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カッコいい!興味をそそりますね(^m^) プラダ バッグ http://www.kfsmtv.net/Pradabags.html
プラダ バッグ
2013/07/28 15:30

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