柴犬こちゃの幕末・維新史跡探索ノート

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zoom RSS 京都一条通 戻橋・小松帯刀寓居付近散策

<<   作成日時 : 2012/05/28 21:43   >>

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ホテルの近くに晴明神社がありましたので、朝食をすませ
てから出かけました。(上京区堀川通一条上ル806)

晴明神社は陰陽師・阿倍晴明を祀る神社、また彼の屋敷
跡でもあるようです。

早朝なので誰もいないかな、と思っていましたら、かなりの
人が来ていました。
今もブームは続いているようです。
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阿倍晴明(921-1005)の像です。
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境内入り口付近に、平成7年まで使われていた旧一條戻橋
(いちじょうもどりばし)がありました。
欄干の親柱を使って再現されたものだそうです。
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             *

晴明神社をあとにし、いったん掘川通に出ました。
そのあと、一条通を歩くことにしました。

まずは、今の戻橋をわたります。
(上京区堀川下之町)

戻橋は文章博士(もんじょうはかせ)三善清行が生き返った
故事にもとづく橋。
また、洛中と洛外とをわける橋でもあったようです。
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わたるだけではおもしろくないと思い、河原(?)におりてみま
した。
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コンクリート製の立派な橋です。掘川が細く流れています。

道路に戻ります。
一条通りの風景です。この先で御所とぶつかります。
土曜の朝のせいなのか、交通量が少ないです。とても静か
です。
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            *

やや歩くと、石碑がありました。
(上京区一条通堀川東入南側)

この種の比較的新しい石碑は京都市内でよく見かけます。
有名な某歴史地理研究者の方がかかわる碑のようです。

東京在住の史跡ウォーカーとしては、東京も京都みたいに、
きめ細かく碑があったらいいのになあ、なんて思いながら読
みますと、
「此付近応仁の乱洛中最初合戦地」と書いてあります。
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説明板によると、
付近一帯は、応仁の乱の洛中での最初の合戦地でもある。
応仁元年(1467)5月26日、東軍細川勝元方の京極持清は、
この前を通って一条戻橋から西軍へ攻め入り、一条大宮で
戦った。

そして、反対側には、
「藤原道綱母子 源頼光 一条邸跡」の文字。
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これまた。説明板によると、
「蜻蛉日記」の著者藤原道綱母が住まいし、のち武将源頼
光や道綱が引き継いだ平安時代の一条邸跡、
とのこと。

さらに、正面には、「小松帯刀寓居参考地」と「近衛堀川屋
敷跡」の文字。
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ただし、此向かい≠ニあります。
ということで、道路の反対側を見やると、こんな感じです。
画像














またまた説明版いわく、

なお当地の向かいは、五摂家筆頭の近衛家の堀川邸で、内
部に「御花畑(オハナバタケ)」があった。

薩摩島津家の家老小松帯刀は「御花畑」のある近衛邸を寓
居としたとされるため、当邸は有力候補地といえる。

慶応2年(1866)1月、小松寓居には長州毛利家の桂小五郎
(木戸孝允)が入り、その地で薩長同盟が締結された可能性
がある。

なるほど、幕末の大物たちのにおいもする一条通りでした。

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