柴犬こちゃの幕末・維新史跡探索ノート

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zoom RSS 二条城西門_慶喜無念の退去、浜御殿_無念の上陸

<<   作成日時 : 2012/12/04 21:25   >>

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日本城郭協会が主催する名城スタンプラリーに、遅まきながら
参加することにしました。

というわけで、スタンプを押す目的で京都の二条城を久しぶりに
訪れました。(中京区二条通堀川西入二条城町541)
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外国人観光客も多く、あいかわらずの人気スポットです。
城内を散策していると、重要文化財 西門(埋門)標識がありま
した。↓
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これを見て、そうだ、徳川慶喜ゆかりの西門を外から見ておかね
ばと思い、第一の目的、スタンプを無事押したあと外に出、東大
手門の反対側に向かいました。
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西門にようやく着きました。(ふ〜歩いたなあ。)

西門は、東大手門から出て半周した反対側、美福通から見るこ
とができます。

大政奉還、王政復古のあと、慶応3年(1867)12月、徳川慶喜が
京都を退去したとき、この門から大阪城に向かったとのことです。

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背後には府立朱雀高校や市立二条中学があります。観光客
はだれもいません。手前の赤い実はピラカンサスです。
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どこか裏口風で、逃げていくにはふさわしい感じもします。
石垣の下をくぐる門なので、埋門(うずみもん)というのだそうです。
当時は橋があったようです。

                *

さて、そういえば同じような場所が東京の浜離宮にあったような。
ということで帰京してから、数日後、浜離宮恩賜庭園にいきまし
た。(中央区浜離宮庭園1-1)
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浜離宮は、徳川将軍家の別邸で浜御殿と呼ばれていました。
紅葉がきれいで多くの人がきていました。

潮入りの池に、周囲のビルが映って都会的な景観をつくってい
ます。

ところで同じような場所とは、「将軍お上がり場」です。
水上バスの発着場の近くにありました。標識があります。
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慶応4年(1868)4月、鳥羽・伏見の戦いの後、大阪城を脱出した
徳川慶喜が軍艦開陽丸でたどりつき、上陸した場所です。
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ここも、あまり人はこないようです。

徳川慶喜の退却経路=B
その出発地点(京都)と到着地点(東京)が、今も語られ史跡
になっています。さすが最後の将軍です。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。来年は徳川慶喜公没後100年になります。ゆかりの土地を訪れる人が多いと思います。
やぶひび
2012/12/16 20:41
やぶひびさん、コメントありがとうございます。
没後100年、そうでしたか、知りませんでした。
わたしもいろいろな場所を訪れようと思います。
いちゆう
2012/12/17 21:50

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