柴犬こちゃの幕末・維新史跡探索ノート

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zoom RSS 京都_円山公園_幕末・維新散策

<<   作成日時 : 2013/12/28 22:29   >>

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京都東山に幕末・維新の史跡を訪ね、八坂神社にやってき
ました。

西楼門です。
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この楼門の石段の下で、慶応2年(1866)年4月、新選組の
七番隊組長の谷三十郎が不慮の死をとげたといわれてい
ます。
一説には斎藤一に殺害されたともいわれていますが、死因、
場所も含め真相は不明のようです。

次に円山公園に向かいます。八坂神社の本殿、舞殿を抜け
たこの鳥居の先が円山公園です。
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円山公園といえば、坂本龍馬と中岡慎太郎の像です。
ありました。
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立っているのが龍馬、腰をおろしているのが慎太郎です。
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             *

坂本・中岡像の手前右に長楽館という西洋風の建物があり
ます。村井吉兵衛の旧京都別邸です。
村井は明治時代、「煙草王」と称された実業家です。
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「長楽館」の由来は、伊藤博文が 木戸孝允の墓参時に、完
成したばかりの館へ滞在、窓からの眺望に感動し、遍額に
「長楽館」と記したからだとか。
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横から見ると、こんな感じの建物です。

円山公園をさらに奥へむかって歩いていきます。
こちらは料亭の左阿彌(さあみ)です。
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新選組の近藤勇が通ったという店です。なるほど、緑に囲ま
れていて、ひっそり通うにはいい場所です。
また、明治維新以降、御前会議に使われました。

左阿彌は、安養寺の塔頭である六阿弥(左阿弥、春阿弥、
弥阿弥、庭阿弥、正阿弥、連阿弥)のひとつ。
それぞれの塔頭が貸座敷を営んでいましたが、今残っている
のは左阿彌だけとのことです。
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             *

西楼門に戻り、北側の道をすすみ、祇園北林へやってきま
した。
このあたりは、文久3年(1863)の8月7日から11日まで、
新選組取り締まりの、五日間の相撲興行が行われた場所
だとか。
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興業は、不仲の京相撲と大坂相撲の力士を和解させるため
だったようです。
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祇園北林は、当時、八坂神社の境内だったようですが、今
は円山公園となっています。
早朝の、すがすがしい円山公園周辺の歴史散策でした。

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